アラサー主婦の時々ぼんやりした日々☆

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場面緘黙症 小学生の頃

このブログを書いていて、いろいろ思い出していると小学生のころ「場面緘黙」だったことを思いだしました。

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場面緘黙症とは

家ではしゃべることができるのに、社会不安のために特定の場面で話せなくなるというものです。

私の場合、小学生のころ父の転勤で学校を転校したことがきっかけでした。

その前の小学校ではみんなと仲良くしゃべって遊んでいたのに

転校先ではなぜか言葉が出ませんでした。

もともと人見知りなこともあり、自分から話しかけるのは苦手でした。

隣の子にはさみを借りようとしたんです。

でも、「はさみを貸して」の一言が出ず、それから全くしゃべれなくなりました。

転校生ということもあり、不思議と友達はたくさんでき、いじめられたりということはありませんでした。

友達との会話の手段はリアクションとメモ帳に文字を書くというものでした。

それで十分コミュニケーションはとれていたので特に困りませんでした。

不思議なことに授業の発表の時などはちゃんと発言できていました。

「おお~しゃべってる」

というみんなの視線も感じていましたが、それより先生にしゃべらない子だって思われるのが嫌だったんだと思います。

親にも隠していましたがなんでかバレました。

そして怒られました。

「なんでしゃべらないんだ」「しゃべれるようにならないと誕生日プレゼントはなしだ」

など言われた気がします。

でもしゃべれないんです。どうしても言葉はでないのです。

家ではぺちゃくちゃ話す子だったので親も信じられなかったのでしょう。

「私だっておかしいとわかってる。しゃべれるならしゃべりたい。でも今更声を出すのは恥ずかしくてできない」

もしも自分の子がそういう状態なら迷わず病院へ連れて行くし、しゃべれるようになるまで精いっぱい支えます。

そう思うからこそ、今思えば、親は何もしてくれなっかった。心配じゃなかったのかと切なくなります。

そんな私が場面緘黙症を克服したきっかけは「環境の変化」でした。

小学2年生から中学1年生までしゃべらいない日々は続きましたが、中学2年生のころまた父の仕事の都合で転校することになったのです。

転校は私に大きな影響を与えました。

「次は絶対にしゃべるぞ」と心に決めていました。

転校初日、とても緊張しましたが、まるで憑き物がとれたかのように自然にしゃべることができたのです。

それは私にとても大きな自信を与え、それからしゃべれなくなるということは無くなりました。

友達としゃべる、他の人には当たり前のことが出来るようになったのがとても嬉しかったのを覚えています。

相変わらず人見知りでしたが、「なんで今までしゃべれなかったんだろう」

と不思議に思うくらいでした。

そして何十年もたって、つい数年前です。

世界仰天ニュースで場面緘黙症についてやっているのをみて、「自分はこの病気だったんだ」と知りました。

安心したようなホッとしたような気持ちと当時を思い出して悲しくもなりました。

私みたいな方は実際は多いんじゃないかなと思います。

病院での治療法もちゃんとあるし、周りの人たちの理解、支えがあれば改善できるようです。

もしかしたら・・・と思う方は一人で抱え込まず信頼できる人に話してみるのもいいかもしれません。

幼い子ども達は心配させないように隠す子もいると思います。私もそうでした。

子どもさんのことを一番心配している家族の方が変化に気づいてあげることが大事だと思います。